校長 その日その日
Principal Day by day
Principal Day by day
2024/10/04
4日(金)、2期制である本校の「後期」が始まり、私は始業式で以下のような講話をおこないました。
<中学/高校 後期始業式講話>※要旨はほぼ共通
――秋休みの間、私は高2の皆さんとオーストラリア海外研修にご一緒していました。
皆さんは現地大学での英語授業、ホームステイ、班別研修、積極的に取り組んでいましたね。
行く先々で「行儀が良い、本当に理解が早い」「日ごろ学校でしっかり英語を勉強しているのだろう」と称賛され、ファミリーからは「ウチの子にしたい」と言われ、嬉しい限りでした――。
――さて私自身も今回、いろいろな出会いがありました。
シドニー市内では、レバノンの国旗を掲げた喪服の人々のデモ行進を見かけたのです。見ていたら、みんなが足で何かを踏みつけていくんですね。それはある国の国旗でした(注・ご想像にお任せします)。
オーストラリアが移民の国であること、遠く離れて住んでいても、自分のルーツの国のことでは明確に意思表示するのだな、と日本との違いを感じました。
また大学の授業では、先住民文化の学習を必ず行います(先進Ⅰ類のニュージーランドでもそうだったと思います)。
オーストラリアという国が、イギリス植民地時代に先住民を迫害した負の歴史にも、国としてしっかり向き合う姿勢を感じ、ここでも日本との違いを感じました。
移民の国という話と、これまで読んだ本(後述)の話に関連して…。
皆さん、「人種」という言葉を聞いたことがありますね?「黄色人種」とか「白色人種」とか。髪が黒いとか眼が青いとか。
実は現在は学術的には使わない、非科学的な区別なのだそうです。
なぜなら、ヒトゲノムつまり人一人一人の遺伝子の設計図的には、人類は「ホモ=サピエンス」という種で99.9%は共通、髪や目の色では区別できないのだそうです。
「でも0.1%の違いが"人種"では?」と思うでしょう。ところが、例えば「日本人」と「アフリカ人」の遺伝的違いよりも、むしろ皆さんの隣にいる「鈴木さん」と「佐藤さん」といった、同じ日本人の個人間での遺伝的違いのほうが大きいのだそうです。
高1の人は来年海外研修で、高3の人も大学や社会に出て、他国にルーツがある人と接することでしょう。SNSで「〇〇人は××だ…」などという情報を見かけることがあるかもしれませんが、今言ったようなことを知っていれば「取るに足らない話」だということに気付けますね。
大宮開成の校訓・愛 知 和の「和」は多様性。人間関係をより広げられる後期にしてください。
ちなみに今日の話にはオチ?があります…。
帰りの飛行機で、私の隣にアジア系の若い女性が座ってたんです。
オーストラリアからの旅行者だと思って「日本を訪れるの?何度目?」って聞いたら「I’m a Japanese」と。それなら言ってよ!って(会場笑)、そこから到着まで話が弾み…。
「一度就職して、でも英語が勉強したくなって辞めてオーストラリアの大学に入り直して…」「今回は年に一度の帰国するところ」「現地ではアルバイトしながらだからとても大変。でも充実している」。
私が修学旅行の引率だというと、ご自分の中高時代を振り返って「何でもっと英語やっとかなかったんだろう」「生徒さんたちが羨ましい」と言っていました。
高3の人、これから大変な時だけれども、人間やりたい!と思い立てば、いつでも行動できるものです。やり直しがきくんです。
今日の話の本は『人類の起源』、篠田謙一さんという人の本、中公新書です。
これ読むと小論文なんか書けそうな気がしますよ、ぜひ手に取ってみてください――。